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カンニング竹山を相方の死の迷いから救った北野武の言葉が素晴らしい!

   

2006年12月に相方の中島忠幸さんが亡くなってから、もうすぐ11年になる。「急にピン芸人になった」カンニング竹山さんは、漫才師という立場を失って不安を抱えてきたという。あれからテレビではネタを披露することはほとんどない。ただ、そのころから続けてきた単独ライブは今年で10回目になり、1人語りのスタイルを続けている。その理由は「僕の相方は永遠にいないから」だ。

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 僕らがカンニングというコンビを組んで、最初に入った事務所は渡辺プロダクション。その時の先輩たちとすごく仲良くなって、いまも家族ぐるみで釣りとか旅行とかに行っています。僕の親友というか、人生の仲間みたいな存在。相方の中島もそこに入るんです。

 僕はピン芸人でずっとやってきた人たちと違って、(相方が亡くなって)漫才コンビから急にピンになったんです。コンビを解散してピン芸人になって、「R-1ぐらんぷり」に出ている人たちとも違う。でも、それをやってないのは自分の逃げじゃないかっていう思いもあったわけです。

 漫才師のときは「テレビの仕事が無くなっても、漫才があるからって大丈夫」って思ってたけど、それが途中でパッと漫才師じゃなくなったから、やっぱり不安はありました。一緒にトーク番組とかで仕事をするピン芸人の人たちは、今でもテレビでネタもやったりするじゃないですか。陣内智則くんとかもそう。僕はピンになったといっても、タレントみたいなピンで、これまでテレビでネタをやることはほとんど無かった。でも、やったほうがいいのかって、昨年、一昨年はすごく悩んでいました。

 誰に相談したらいいだろうってずっと悩んでて、それなら最高峰の人に!って。去年、ビートたけしさんとトイレで会って二人きりにだったので、チャンスだと思って相談したことがあったんです。勇気を出して。
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 そしたら「やる必要ない」って言ってくれたんですよ。「お前がやってるライブは、2時間の尺でやってるお前の芸だ。それをテレビ用に無理矢理3分にまとめたってお前の良さは出ねえだろ」って。本当にスッキリした気持ちでした。「舞台をやってることが芸人としての生き様だから、それをやっていればいい」って。ああ、これでいいんだって思った。

1人になってから「放送禁止」っていう単独ライブを始めて、今年で10回目になります。放送作家の鈴木おさむさんに「これをやっとくと竹山くんも強くなるし、芸人としてずっと生きられる」って言われて始めたんです。最初はその言葉の意味がわからなかったし、チケットも全然売れなくて…。そのためにツイッターも始めました。

 ライブは毎年テーマを決めて、2時間弱の間、僕が1人で喋り続けます。場面転換にお芝居をしてもらったり、ゲストを呼んだりしたこともありましたが、基本は1人。僕の相方は永遠にいないので。内容はお客さんにも「門外不出」にしてもらっているので、ライブの存在を知らない人も多いかもしれません。でもありがたいことに、放送禁止ファンができて、普段は落語を見に行くようなオジサンたちがじっくり話を聞いてくれる。「最高のお客さんを持ってる」って、褒められることもよくありますね。

 普通はトークライブってその場でワーッと喋るものですけど、僕のは1カ月前から夜は稽古をしています。細かいところも作り込んで、音も1000人のうち2人ぐらいが「だからこの曲かけたんだ!」ってニヤニヤってくれたら大成功っていうぐらい。お芝居を見たときのように「こことここがつながるのね」って楽しんでもらいたい。

 いまになって、鈴木おさむさんの「芸人として強くなる」って言葉が、本当にそうだなと思う。ライブが僕の芸人としての肝ですね。これがあるから1年間、テレビで働ける。ワイドショーに出たり、役者をやったり、難しそうな番組で偉そうな顔して出たりすることもあって、「大したことやらねえ」とか「芸もねえじゃねえか」って言われても、僕にとっては関係ないんですよ。叩かれようが何言われようが、なんとも思わないのはライブがあるからだと思います。

 ライブっていう基本をやり続けてきたから、自分の中では方向は変わってない。それやってなかったら、この10年芸人やってこれなかったと思う。
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